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東京高等裁判所 平成7年(う)1729号 判決 1996年4月11日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人岡田正提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官大栗敬隆提出の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  所論は、要するに、原判決は、被告人が原判示の日時、道路において、酒気を帯び、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、普通乗用自動車を運転したと認定したが、被告人の飲酒検査をした警察官が飲酒検知器を適式に操作しなかったために高いアルコール濃度を示したのであって、被告人は法令の定める以上の酒気を帯びていなかったし、かりに酒気を帯びていたとしてもその認識がなかったから無罪であり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、原判示事実は優にこれを認定することができるのであって、原判決に所論のいうような誤りがあるとは認められない。以下、若干補足する。

1  検査方法の適式性について

A及びBの原審公判における各供述等関係証拠によれば、保土ケ谷警察署に勤務するA巡査部長及びB巡査の両名は、平成六年三月七日午後一〇時二七分ころ、普通乗用自動車を運転し原判示道路にいたった被告人に停車を求め、かなりの酒臭がすることから飲酒運転の疑いを抱き、北川式飲酒検知器を用いた呼気による飲酒検知の検査をすることとし、同日午後一〇時四〇分ころから午後一一時ころまでの間に、被告人にうがいをさせたうえ、飲酒検知袋(風船)を呼気により膨らまさせて、これを飲酒検知管につなぎ、同管を呼気採取器につないで、同器をそのハンドルを引いて固定して九〇秒間呼気を飲酒検知管内に通気させ、再度同様のハンドル操作を行って呼気を通気させたうえ、風船を外してから空気を通気させるなどの定められた手順どおりの操作を行い、両名及び被告人は飲酒検知管内の薬剤の変色部分の先端が呼気一リットルにつき〇・三ミリグラムのアルコール濃度であることを示す部位であることを確認し、Aがマークシールを貼るなどしたことが認められる。

右認定の核心となるA及びBの各供述は、いずれも、記憶がない部分はその旨を認めつつ、本件当時被告人が述べたことなどを含めて飲酒検査の経過を具体的に明らかにするものであり、自然かつ合理的で相互に符合していて、その信用性に疑いを抱かせるような事情は何ら見当たらず、同人らの供述の信用性に疑いはないと認められる。

所論は、A及びBの各供述は、「1」飲酒検査後に被告人を同行して保土ケ谷警察署に到着した時刻を記憶していないこと、「2」呼気検査をパトロールカーの外で始めながら途中から足の不自由な被告人を車内に入れて行ったことが不自然であることから信用できない、と主張する。しかし、「1」については、A及びBが同警察署に到着した時刻を正確に記憶していないからといって、そのことから検査方法に関する供述が信用できないことにはならない。むしろ、午後一一時に検査を終えたとの鑑識カードの記載からすると午後一一時二〇分ころには同警察署に到着したであろうと思う旨あるいはその後被告人の身柄引受人兼代行運転者として適当な人が見つからず、その目的で被告人の元妻が来署するのに時間がかかった旨のA及びBの各供述は、午後一一時から休憩時間の予定であったのに翌日午前一時まで機動警らした旨の勤務日誌(抄本)の記載、あるいは被告人の元妻に同署に来てもらって同署を立ち去ったのが同日午前零時一〇分か三〇分ころ(検察官に対する供述調書)又は同日午前一時三〇分ころ(原審公判)であるとの被告人自身の供述と対比しても、信用できるものである。また、「2」についても、両警察官が被告人を呼気検査の途中でパトロールカーの車外から車内後部座席に座らせたのは、通行車両があり車外よりも車内のほうが安全であると判断したためと認められるし、また、被告人の足が不自由であったとする点も、鑑識カードの被告人が「正常歩行した」との記載や飲酒検査時に松葉杖を使わずに装具だけで歩行したとの被告人自身の供述をも併せ考えると、両警察官が被告人を車内に入れた措置に疑問を抱かせるものではない。

所論は、そのほか両警察官が飲酒検査に長時間をかけており、その間Aが飲酒検知管につないだままの風船を左手でもんだりした結果〇・三ミリグラムの数値となったなどの被告人の供述が信用できる、と主張する。しかし、被告人の右供述は、前掲各証拠に照らして到底信用できず、所論は採用することができない。

2  被告人の飲酒量

本件前夜から当日明け方にかけての飲酒量につき、被告人は警察官による検問の段階、検察官の取調べ段階、原審公判段階においてそれぞれ供述を変遷させており、また、検問直前の飲酒の有無ないしその量に関する被告人の供述にも、捜査及び原審公判段階において変遷があり、他の証拠を検討しても、本件前夜から当日にかけての被告人の飲酒量の詳細を明確にすることはできない。しかし、被告人の検察官に対する供述調書中の供述(「自宅で本件前夜午後七時ころから午後九時ころまでの間にバーボンウィスキーをボトル半分くらい及び日本酒を約三合飲み、その後の午後一〇時三〇分ころからワインを飲みだして一本の八分目くらい飲んだ。」)を前提とし、かつ、そのうちワインの飲酒量を除外しても、本件当時の体内アルコール含有量は、法令の定める以上の呼気アルコール濃度となることが推計可能であること(当審検察官の答弁書参照)などからすれば、被告人の飲酒量に関する関係証拠によっても、前記飲酒検査の結果は裏付け得るものであり、少なくともそれが飲酒検査の結果と矛盾するものではないというべきである。

3  被告人の認識

前述したとおり、被告人は、本件当時呼気一リットル中に〇・三ミリグラムという高度のアルコールを身体に保有する状態であって、かなりの酒臭をさせていたものであることに加え、被告人の検察官に対する供述調書中の記載をも考慮すると、被告人に酒気帯び運転の故意があったことは優に認定できるというべきである。

所論は、被告人の原審公判における供述を前提として、被告人は酒気帯び運転の認識を欠いていたと主張するが、これを採用することはできない。

二  所論はまた、検察官が本件で被告人について逮捕状を請求し、かつその執行をしたことが、被告人の自白を得るためのみを目的とした違法なものであり、この違法な逮捕下で強制や誤誘導により作成された被告人の検察官に対する供述調書(乙二)中の供述は任意性を欠くから、証拠から排除されるべきである旨主張する(訴訟手続の法令違反の主張を含む。)。

しかし、Cの原審公判における供述、原審記録中の逮捕状によれば、本件捜査の過程で、被告人が検察官事務取扱検察事務官の取調べに対し本件の酒気帯び運転を否認し、運転前に一緒に食事した女性の名前なども明らかにしなかったことから、同年九月ころに本件を担当したC副検事は、被告人が関係者と通謀して罪証を隠滅するおそれなどがあるとして同月二六日横浜簡易裁判所裁判官に逮捕状の発付を請求してこれを得たうえ、同月二七日の呼び出しに応じなかったばかりかその後の出頭を約束しようとしなかつた被告人に対し、逮捕状を執行しようとしたが、その有効期間内に執行できなかったため、同年一〇月一一日同簡易裁判所裁判官から再度逮捕状の発付を得て、同月一三日午後一一時一五分ころ警察官をして当時の被告人の住所において被告人を逮捕させたことが認められる。右の経過に、本件が罰金刑のみならず懲役刑が選択刑と定められた事案であって刑訴法一九九条一項ただし書に定めるような軽微な罪とはいえないことをも考慮すれば、本件逮捕状の請求及びその執行が自白の獲得のみを目的とした違法なものとは認められない。そして、前掲各証拠及び略式命令謄本送達報告書等によれば、警察官に逮捕された被告人は、同月一四日午前一〇時ころ横浜区検察庁に引致され、C副検事の取調べに対し弁解録取時には否認したものの、その後自白してその旨の供述調書が作成され、同日午後四時四七分横浜簡易裁判所において略式命令謄本の送達を受けていることなどが認められるところ、その供述調書の内容、右C副検事及び被告人の原審公判における各供述をみても、右自白が同副検事による強制あるいは誤誘導によるものとは認められず、所論は採用できない。

なお、原審は、右二回にわたるC副検事作成の逮捕状請求書の各写し及び司法警察員作成の「道路交通法被疑者の所在確認」と題する書面写しを、弁護人からの請求により、刑訴法三二八条の証拠として採用して取り調べ、これらを任意性を肯認する資料として用いている。しかし、刑訴法三二八条により許容される証拠は、現に証明力を争おうとする供述をした者の当該供述とは矛盾する供述又はこれを記載した書面に限られると解すべきところ、右逮捕状請求書二通についてはC副検事の原審公判における供述との間にいかなる矛盾があるか不明であり(立証趣旨も「逮捕状の請求」とされている)、また、右司法警察員作成の書面についてはおよそ誰の供述の証明力を争おうとするのかも明らかでない(立証趣旨も、被疑者の所在が明らかとなっていることなどとされている)から、原審の前記証拠の採用・取調べは違法である。他方、同条の証拠は、証拠の証明力を争う限度においてのみ使用し得るのであるから、原審が任意性に関する事実についてとはいえ、右各証拠を積極的認定のために用いたことも疑問である。しかし、これらの証拠を除外しても、被告人の自白の任意性に関する原判示は肯認し得るところであるから、これらの点は、いずれも判決に影響を及ぼすものではない。

また、原審は交通事件原票(捜査報告書部分)を刑訴法三二一条三項により証拠として採用して取調べ、判決中の証拠の標目に掲げているが、同原票は検証調書あるいは実況見分調書に準ずるものとは言い難いから、これを同条項により証拠として採用し取り調べることも違法である。しかし、同原票を除外しても、原判決挙示の他の証拠により原判示事実を認定することができるから、この点も判決に影響を及ぼすものではない。

三  結論

したがって、原判決には所論のいうような事実の誤認があるとは認められず、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林充 裁判官 中野保昭 裁判官 小川正明)

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